僕が10年間もPANCHOを追い続けて来た理由。元ガチャパン、現タートルマンズクラブ

僕が10年間もPANCHOを追い続けて来た理由。元ガチャパン、現タートルマンズクラブ

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PANCHO (Yosuke Kawamoto) Japan - Jamaica

TURTLE MAN’s CLUB(通称:亀)のPANCHO(パンチョ)が、ジャマイカへ旅立つ前日に訪ねてくれました。彼は、ほぼ同時期をレゲエ総合カンパニー「ロッカーズ・アイランド」で過ごした元同じ職場の仲間です。

当時、僕はROCKERS channelの編集長を務め、そしてPANCHOはジャマイカ駐在員とGachapan Recordsのプロデューサーとして二足のわらじで活躍していました。

今回は、ふたりだけのOB会というノリで、渋谷のカフェHangOut HangOverにて4時間も語りました。

やっぱり、PANCHOは面白い! 僕は彼と出会った頃から、PANCHOが持つ絶妙なセンスと行動力に惹かれています。「これからも注目せざるを得ないな」と、今回再認識させられました。

【2007年】PANCHOに初めて出会ったのは、ジャマイカ・キングストン

僕がロッカーズ・アイランドに入社したのは、2006年12月。

横浜レゲエ祭が横浜スタジアムで開催されていたり、SUNSETが渋谷で主催するレギュラーイベントは大行列で入場するのが大変だったり、Muralの限定品を買うのに発売前日からTRICKSTARの前に並んでいる人がいたり、ケータイで音楽が買える着メロサイトが大人気だったり、ジャマイカではMavadoやVybz Kartelが台頭し出していた頃です。

僕は大阪出身なのですが、新しく勤務先となった渋谷の街を歩いていると、あちこちからレゲエが聴こえて来て「レゲエすごいな!」と感動した思い出があります。

さて、PANCHOとの出会いについて。僕は入社してすぐ、2007年の正月明けにジャマイカへ出張へ行くことになり、そこで彼と初めて出会いました。懐かしい写真とともに、当時を振り返ってみます。

 

成田空港出発ゲート

成田空港から、いざジャマイカへ向けて出発!

 

キングストンの空港

アメリカのシカゴ、マイアミを経由しつつ、ジャマイカ・キングストンに到着。

 

空港のターンテーブル

預け荷物待ちのターンテーブルにて。ビーニ・マンが広告のモデルに。

 

キングストンを車で移動

車に乗って、ロッカーズ・アイランドのタッカー社長たちがいる元へ。

 

ロッカーズアイランドのあじと

当時のロッカーズ・アイランドのアジトに到着。

 

はじめてのパンチョ

はい、PANCHOと初リンク! この頃はまだ20歳過ぎ。初々しいですね。

 

トニーマタランのインタビュー

その後、トニー・マタランを取材したり(背を向けているのが、ロッカーズのボスTUCKERさん)、

 

Mavadoのインタビュー

モバドのインタビューを撮ったりしました。

PANCHO「はじめての海外旅行が、今なんですよ」

(左)PANCHO (右)ジャマイカでリンクしたJing Teng
(左)PANCHO (右)ジャマイカでリンクしたJing Teng

2007年1月、PANCHOとの会話のなかで特に印象的だったのが、この言葉です。

 


僕、今、初海外中なんですよ。海外に一度も行ったことがないのに、タッカー社長に「ジャマイカ駐在員になりたい」って手をあげて、ここに来たんです。

英語もパトワもまったく話せなくて、Haveの使い方もこっちで覚えたくらいで……。何も話せない赤ちゃんみたいなもんでした。


 

僕は、彼の『その無邪気さが良いな』と感じました。

以降、僕は日本からPANCHOにROCKERS channel用の取材を依頼し、PANCHOがジャマイカで取材・撮影したビデオテープ(mini DV)を国際宅急便で送ってもらうという関係になりました。

【2010年】PANCHO一時帰国中にインタビュー

ROCKERS channel パンチョインタビュー

PANCHOは仕事のパートナーでもありましたが、個人的に『海外で活躍する面白い日本の若者』としても捉えていました。彼の生き様に惹かれ、僕はタッカー社長にお願いし、ROCKERS channel初の社員インタビューを行いました。2010年6月公開。

今、当時の記事は読めませんが、以下の紹介文とともに15分ほどの動画インタビューを掲載したのです。


ジャマイカ在住、ロカチャンではインタビュアーでお馴染み(?)のPANCHOが一時帰国!

今回のロカチャン・インタビューは『番外編』! 編集部の裏側を少し紹介します。登場するのは、ジャマイカにてロカチャンのインタビュー等を撮影するPANCHO(パンチョ)。皆さんに、少しでもでもインタビューに親しみを持ってもらおうと企画しました。こんな感じの裏方がジャマイカでカメラ片手に走り回ってます♪ ロッカーズ一同、これからも皆さまの元にレゲエの楽しさをお届けして行きますので、今後共どうぞヨロシクお願いします!!


 

【2013年】レゲエファン以外にもPANCHOを知ってもらいたい

エンタメウス ガチャパンインタビュー

PANCHOは、2009年からジャマイカに滞在している日本人、GACHA(ガチャ)とコンビを組み、音楽レーベルGachapan Records(ガチャパンレコード)を立ち上げました。PANCHOはプロデューサーで、GACHAがトラックメーカー、というふたりです。

日本人が本場ジャマイカでレーベルを立ち上げるというのは異例の出来事で、「これは面白い! やっぱりPANCHOやってくれるなぁ〜」と僕は興奮し、活動直後から彼らの動きに注目し、僕はその様子をROCKERS channelで随時伝えていました。

その後、僕はGachapan Recordsをもっと広く知ってもらいたいと思い、レゲエ以外のメディアにガチャパンを紹介する記事を寄稿したり、本ブログSwingin’ Thinkin’ でも広く伝えるための記事を書きました。

PANCHO(ガチャパンレコード)と東京でマジ話。レゲエの本場ジャマイカで活躍する音楽プロデューサー。

北野 啓太郎 (Keitaro Kitano)さん(@keitarokitano)が投稿した写真 –

【2006年】Gachapan Records 解散

なんと……。数々のヒット曲を生み出し、ジャマイカと日本に大きな橋渡しをしてくれたGachapan Recordsが、2015年いっぱいで解散することになりました。5年弱の活動でしたが、レゲエファンに与えた勇気はとても大きなものでした。

現在、PANCHOとGACHAはそれぞれ別の道を進みつつも、新たな活動を続けています。

【2015年】謎の亀集団、タートルズ・マンズ・クラブ

画像参照元:ROCKERS channel
画像参照元:ROCKERS channel

Gahcapan Records解散の少し前から、PanchoはTURTLE MAN’S CLUB(タートル・マンズ・クラブ)という謎めいた集団を結成しました。はっきりとした活動内容やメンバーは明らかにされていませんが、その実体のわからなさがTURTLE MAN’S CLUBと言えるのでしょう。

現在、TURTLE MAN’S CLUB(通称:亀)の主な活動はMixCDの制作ですが、これがかなり面白い! 作品ごとにテーマをガラッと変えて来るのですが、その身替りの術も亀らしいところです。

 

先にも書きましたが、PANCHOの魅力は『無邪気さ』だと考えています。

10年前も今も、本質的には全然変わっていません。

ダンスホールの歌詞には「金と権力を手に入れたい」というのが良くありますが、PANCHOはそういうタイプでは無いと思います。自分が仕掛けたことで、人をニヤリとさせるのが好きというか……「おもろいやん」「ええやん」と、つぶやかせるが好きなのではないでしょうか。

色々勝手なことを言いましたが、PANCHOはこれからもアッと言わせるものを色々繰り出してくれるでしょう!

PANCHOは、初めてジャマイカに行った2006年から使い続けて来たトランクを買い換えました。10年間もPANCHOを追って来た僕としては、このツイートに思わずグッと……。

それではPANCHO、これからもウォッチして行きますよ〜。