天皇陛下のお気持ち。国民に寄り添いたい思いに感銘! まさに僕たちの人生訓ではないか

天皇陛下のお気持ち。国民に寄り添いたい思いに感銘! まさに僕たちの人生訓ではないか

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天皇陛下のお気持ち。国民に寄り添いたい思いやりに感銘! まさに僕たちの人生訓ではないか

本日2016年8月8日午後3時、数日前より放送が予定されていた「天皇陛下のお気持ち」を聞きました。

「今日は天皇陛下からの発表があるから」なんて待機するのは、どことなく大東亜戦争終結時の玉音放送を待つような気分です。玉音放送は、1945年8月15日の正午。おなじような猛暑日であったところも似ています。

しかし僕は、天皇陛下のお言葉を、エアコンの効いたスターバックスでアイスコーヒーを飲みながら、インターネットのストリーミング配信で見ました。

時代ですね。

世界大戦という激動の時代を経た「昭和」と、平和な日々が続いた「平成」は、おなじ日本とはいえ随分様子が違います。平成は、「内外、天地とも、平和が達成される」という意味を込めてつけられた元号だそうです。

僕は、長い日本の歴史の中で、平成というとても良い時代に生きることができてよかったな、とつくづく感じます。

天皇陛下の願い。それは国民に寄り添い、幸せを祈ること

天皇陛下のおよそ10分間のお言葉のなかで、僕がとても感銘を受けたのはこの部分です。


私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。


 

平成は平和な時代ではあったとはいえ、たくさんの自然災害が日本を襲いいました。

天皇陛下と皇后は、いちはやく被災地へ参り、地元の人々の「声」を聞きに伺いました。そうした姿に勇気づけられた方は大勢いると思います。天皇陛下は平和と幸せを願うだけではなく、実際に国民に寄り添うことを大切に考えてこられたのです。

僕たちは、学校で日本の歴史を学びましたが、こんなにも国民に寄り添ってくれる天皇はかつていたでしょうか? 敗戦後の憲法改正により、天皇が国民の象徴になったという背景もありますが、それにしても天皇陛下ご本人の意思がなければ、こういった行動にはつながらなかったでしょう。

天皇陛下はその思いを途切れさせないためにも、自らが健康なうちに将来のことを考え、そのお気持ちを伝えることになったのが、今回のお言葉です。

天皇陛下の想いから、僕たちが学べること

「人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添う」。僕たちも、このお考えを実践してみても良いでしょう。

たとえば、自分が父親や母親であるならば、子供のかたわらに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添う。会社の経営者であるならば、社員に。教師であるならば、生徒たちに。

そうして、安寧(社会が平和であること)を願い、彼らの幸せを祈ることで、僕たちがこれから進むべく道が開けてくるような気がします。

 

さらに、天皇陛下は後半でこのように述べています。


天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした


 

「国民に寄り添ってこられたことは、自分自身も幸せであった」とおっしゃっているのです。

 

天皇陛下は、憲法上直接国政に関わることはできませんが、こうしたご意思が少しずつ日本中に伝わって行き、それが結果的に平和で穏やかな世につながったのではないか。そう感じました。

僕は今日の天皇のお言葉を聞き、ただただ純粋に感銘を受けました。